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【雑記帳 〜常日頃に思うことの羅列〜 能登半島地震レポート(2007年)】
春間近の3月25日午前9時42分、のどかな日曜日のはずの休日を襲った能登半島地震。
震度6強を観測した輪島市では、亡くなられたり怪我をされたりする方が大勢いて、家屋や道路などが崩壊する甚大な被害が相次ぎました。
その大地震から一週間後、石川県災害対策ボランティア本部が組織され、ボランティアによる救援活動が早くも始まりました。
その救援活動に参加する企業の社会貢献活動を同行取材に行きました。
3月31日、前日の雨の寒さが残る早朝、石川県産業展示館前に集合した総勢700名以上とともにバスに乗り込み、被災地の輪島市門前町へ向けて出発しました。輪島市に入る途中、全壊や瓦がずれ落ちてビニールシートが屋根にかかる多くの家屋がバスの窓からも確認でき、バスの中は声にならない声が満ちます。輪島市門前町に入ると、いたるところで家屋が倒壊し、道路に割れ目ができています。
大きな余震が何度も続く中、ボランティアの皆さんはグループごとに分かれ、家の中で散乱して壊れた家財道具を運び出したり、崩れた家の柱や壁などを運んだり、ゴミ集積所で分別作業を行ったりと救援活動を行ないました。
崩壊した家の瓦1500枚を再使用するために丁寧に一枚一枚はがして保管する作業するなども、大勢のボランティアの皆さんの力で片付けました。
夕方、後ろ髪を引かれる思いでバスに乗り込み帰途につきました。
帰りのバスの中は、しっかり救援活動ができたという充実感がある一方、まだまだ避難生活が続く門前町の皆さんを心配する気持ちが漂っていました。

実は、取材もそこそこに手伝いしました。
神戸の震災、中越の地震などでは、親しくしている人たちも被災して「何か手伝いたい!」という気持ちがいっぱいありました。
しかし、復興作業をしたこともないボクが行っても足手まといになるのでは、と躊躇してしまいました。
今回、取材が終わって手伝いをしたのです。
ほんの、少しの力にしかなりませんでしたが、小さな力を結集することの大切さを実感しました。
そして、こういう小さな力で励ますことが、被災された皆さんにとっての復興への元気づけ勇気づけになるのではないかと思いました。

崩壊した家屋の下敷きになって折れても、しっかりと花を咲かせている梅を見たとき、万感の思いが込み上げてきて胸が締め付けられました。被災地の皆さんが、一日も早く、元の生活を取り戻すための支援活動が続くことが望まれます。

 全壊してしまった家屋

 全壊してしまった家屋

 再開が待ち望まれる商店

 傾いてしまった家屋を材木で支える

 家々から出されるゴミを分別するのが、たいへんな作業


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By;Osamu Hasegawa