カメラマン長谷川修のオフィシャルサイト 



【作品カテゴリー 一覧】
 第1回公開作品  1996年にホームページを開設したときのページです。
 街歩き  人が暮らす「街」を表現したいと思い、撮影した写真です。
 ポートレート  モデルさんを撮影させてもらった写真作品です。
 静物系  いわゆる「スチールライフ」という写真です。
 ネイチャー系  日々の暮らしの中で、季節の移り変わりに撮影した写真です。
 ハガキ  今、ご覧いただいているページです
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【写真作品 ハガキ 1】
 2010年 喪中ハガキ
今年は、「今のボク」につながる人が2人、逝去されました。
少しの間、喪に服したいと思い喪中ハガキを皆さんにお送りしました。


 2010年 残暑お見舞い
ずーっと撮りたいと思っていた写真です。
夏の力強い太陽が作るくっきりした影を表現できたら、と思った作品です。


 2010年 年賀状
謹賀新年。
昨年中は、いろいろありがとうございました。
世の中、気重な雰囲気がこもっちゃっていますが、 ちょいちょいッと打出の小槌を振れば、きっと何とかなるんです。
きっと、おそらく、たぶん。
・・・そうあってほしい! と願う年初めです。
今年も、さまざまにご造作をおかけしてしまうと思いますが、 何とぞよろしくお願いいたします。

という思いを込めた写真です。
実は、この人形は、2000年の年賀状で撮影したものなのです。
2000年の年賀状では画像処理をたくさんしましたが、今回は画像処理はまったくしないで、ライティングとレンズワークのみで作品に仕上げました。


 2009年 年賀状
今年の年賀状は、「五色の招き猫」です。
 金色・・・金運
 銀色・・・財運
 黄色・・・健康運
 桃色・・・恋愛運
 黒色・・・魔除け
だそうです。
2009年も、いろいろな方角から、いろいろな「福」を招く、良い一年になりますように。


 2008年 年賀状
昨年(2007年)11月中旬に、鳥取の午前便で東京へ戻るときに撮影した写真を年賀状にしました。
2007年と2006年も、それぞれの前の年の11月中旬くらいに鳥取からの午前便で東京から戻るときに富士山を上空から撮影した写真を年賀状にしています。
ということは、3年連続して、同じ時期に同じ時刻に同じ航路を飛んでいて、しかも、いつも晴れて澄み渡っています。
けっこう、すごいことだと思います。
ぽっかりと浮かぶ白い雲と、眼下に見下ろす青い駿河湾。
いい写真をいっぱい撮らせてもらえることに、感謝です。
2007年も、ありがとうございました。
2008年も、いっぱいいっぱい、いいことが、たくさんたくさんありますように!


 2007年 年賀状
昨年(2006年)の11月はじめ、函館から東京へ、東京から鳥取へ、鳥取から東京へと旅から旅が重なりました。
しかも、東京7時発で行って、翌日の7時発で鳥取を飛び立つという、なんともハードな旅程で、それぞれに前泊したホテルを夜がまだ明けきらない寒い中に出発しました。
でも、ちゃーんと「ご褒美」があるものですね。
ちょうど富士山を左に見ながら、鳥取から東京へ向かう駿河湾上空から窓の外を見ると、駿河湾へゆるやかに続く富士山の麓が広がりっています。
そして、雲がうっすらとアクセントを添えています。
ほんと、絶景!! でした。
何枚も何枚も構図を変えて撮ったものの一枚を、年賀状にしました。
色も鮮やかに、新年を祝うハガキになりました。


 2004年 残暑お見舞い
それにしても、今年の夏は暑かったですね。お変りなく、お過ごしでしょうか。
って、涼しくなりかけた今ごろ「残暑お見舞い」っていうのもヘンな話なんですが。
今年のボクは、10代で写真を志してからの念願でした「日本写真家協会(JPS)への入会」を認めていただくことができました。
自己表現としてはもちろん、お仕事としても写真技法を究め、写真技法が持ちうる力(芸術性・表現性・記録性・伝達性など)を伝播していきたいと気持ちをあらたにしているところです。(ちーっとばかり大げさですが)

もうすぐ、今年も夏が終わります。
自分が何者なのか、転げ回った夏。
そして、自分は何者でもないことを思い知らされた夏。
いつも隣で笑顔でいてくれた人が、突然逝ってしまった夏。
そして、その人の面影を探しても、もう二度と会うことがかなわないことを思い知らされる夏。

今年も、もうすぐ夏が終わります。
暑かった分だけ、いつも以上に感傷的になって秋を迎えるボクです。
夏の頑張りが、たくさんの実りとなる秋になりますように。


 2000年 喪中ハガキ
2000年には、母方の伯母さんと、父方の伯父さんが亡くなりました。
二人とも、それぞれの家族のために一生懸命生きていました。
そして、ボクにも良くしてくれた二人でした。
最後の別れのときには、「今までありがとう。ゆっくり休みな」と心をいっぱいにして見送りました。
実は、このハガキを皆さんにお送りしたところ、「すっごーく哀しい写真だけど、身近な人が亡くなったの?」「誰が交通事故で亡くなったの?」とお騒がせをしてしまいました。


 2000年 暑中お見舞い
この写真は、取材(仕事)に行く途中で単線の踏切を渡ったとき、「あれ、電線がない。けっこう、いい風景がこの近辺にあるかもしれない」と思い、取材をテキパキと終わらせて、帰りの道中に撮影場所を見つけてまわりました。
この風景を見つけたときは、もう嬉しくて嬉しくて、夢中で撮りまくっていました。
この風景の裏側(ボクの背中側)は踏切になっていて、「あっ。踏切が鳴りだした」と思ってはいたものの、「あと1枚」と思って撮ろうとした瞬間、思いっきり警笛を鳴らされ、振り返ってみたら汽車が目の前まで迫っていました。
もう、焦りまくって線路から脱出したら草むらに落ちてしまい、半袖だったので腕に無数の切り傷を作ってしまいました。

実は、このハガキを皆さんにお送りしたところ、一人から「“暑さは続くよ、どこまでも”のイメージ?」とマジで言われてしまいました。
・・・・・・・・。
一応、井上陽水さんの「少年時代」とか、映画の「スタンバイ・ミー」のイメージだったんだけどなあ。

 2000年 年賀状
この写真は、不景気が長引いているので、「パッと景気が良くなったら」と願いを込めて作りました。
この布袋さん(もしかしたら、大黒天かな?)の人形を見つけた瞬間にイメージが湧き出てきました。
Photoshopでいじくり倒してしまいましたが、楽しい1枚だと思っています。
実は、このハガキを皆さんにお送りしたところ、何人かから「このハガキをもらったからなのか、新年早々、大きな仕事が舞い込んできたぞ」と喜ばれました。
けっこう、縁起モンの写真ですよ。


 1999年 年賀状
この写真は、年賀状の題材に行き詰まっていて、「今年は、年賀状を出すのはやめようかなあ」と思っていたときに、ふと、ひらめいたものです。
きっかけは、やっぱり仕事がらみなんですけど和紙の資料館を取材することがあって、そのときに「やっぱり、日本人は和紙だよな」などと思って、和紙と羽子板の羽根を使って、「日本の正月」をイメージした1枚を作りました。
和紙はすぐに手に入ったのですが、羽根はイメージ通りのものがなかなか見つからず苦労しました。

実は、このハガキを皆さんにお送りしたところ、先輩から「この羽根は、オマエを象徴してるの? んで、この波紋は“今年もお騒がせしちゃいます”っていう宣言ナンじゃないだろうな。間違っても、オレには波風立てるなよな」と言われてしまいました。
そんなにボクは波風立ててるかなあ...。

 1994年 夏
この写真は、カナダへロケに行ったとき(といっても、助手のときですが)、コンタックスTで撮ったものを加工しました。
「なかなか待合せにやって来ない人」をイメージして撮っておいた1枚です。
それを、なんかブルーって涼しげだし、少し意味深な雰囲気に仕上げてみました。
実は、このハガキの写真は、違うアレンジで「生物としての静物」という作品としても公開しています。
生物としての静物も、ぜひ見てみてください。


 1992年 夏
この写真は、マックで加工して出した1番最初の暑中お見舞いです。
イメージとしては、「夏休みの絵日記の1枚」なんですが、当時使っていたのが「メモリは8メガ。ハードディスク容量は100メガ」のマックで、Photoshopのバージョンは「2」です。
しかもOSは、「漢字トーク6」です。
ですから、文字もギザギザでカッコ悪い。(まあ、最初ですから技術も心もとないですが)
どなたか、この当時のマックについて語り合いませんか ....?

そうそう!!
実は、師匠から「写真だか絵だか、なんかよくわからん1枚だけど、“レトロ感”は表現されているように思う」と誉めてもらった1枚です。
でもまあ今、こんなときの技術で師匠に写真を送ったら、ぶん殴られちゃうかもしれません。


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By;Osamu Hasegawa