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【雑記帳 〜常日頃に思うことの羅列〜 1997年(前半)】
 1997年6月30日(月)
今日で今年の上半期が終了です。こういう節目にいつも思うことは「次こそは」なのですが、良いことがなかなかたくさんありません。悪いことが少ないことが一番良いことと思えばいいのでしょうが、欲深ですので良いことがたくさんあって欲しい、と思ってしまうのです。
それにしてもマスコミの無能さを見せつけられたのが、神戸の小学生惨殺事件の結果です。
このページの6月11日にも書き込みましたが、それにしても相変わらずの能無し連中です。
「40歳代の男」「黒い車の目撃者」「顔の角張った男」などなど、テレビ局や新聞などマスコミ挙げてのここ1カ月間の報道ぶりは、結局大間違いだったということ。
まったく、無能と言っていいのではないだろうか。騒ぐだけ騒いで、喰い散らかすだけ喰い散らかして、そのことにはまったく触れずに「突然の事件解決」と言い出す。こりゃあ、完全なバカだね。取材不足であり、マスコミの無能さをさらけ出しているのに気付かないのでしょうか。
まあ、バカだから気付かないのでしょうけど。
でも、こういうバカな無能な連中が「言論」と「虚論」の違いもわからず、「言論の自由」を叫ぶこと自体が、組織としても、それを形作っている個人としても、末期的無能症なのではないでしょうか。

 1997年6月27日(金)
もう間もなく今期の国会が終了します。
「景気回復」、「行政への大ナタ」、「政界再編」など、大きな看板と公約を掲げて始まった国会でしたが、果たして国会議員自ら採点する今国会は何点なのか。ホームページを立ち上げている国会議員全員にメールでお尋ねしました。どのような回答をいただけるか、今から楽しみです。
でも、本当はホームページを立ち上げている国会議員だけではなく、全員に聞いてみたいことです。

 1997年6月25日(水)
僕のホームページに、クリエイターの作品集を掲載しました。
日頃お世話になっている先輩カメラマンやスタイリスト、ヘアメイクの皆さんの作品です。
皆さんは、各分野の第一線で活躍されている方々の作品を掲載させていただくことにより、このホームページの厚みが増したかなあ、と自画自賛しています。
撮影やそれぞれの分野の仕事や作品制作がありましたら、ぜひご紹介ください。メールをいただけましたら、僕の方から皆さんへ責任を持ってお伝えします。仕事以外にもファンレターのメールも各人がお待ちしています。

 1997年6月20日(金)
う〜ん。この書き込みが3日連続続いたと思ったけど、また1週間も空いてしまいました。
昨日、新宿で盲導犬を初めて見ました。高田馬場へ向かうために新宿の改札を入ったら、犬を連れている人を見かけ、「なんだよ。こんなところで犬の散歩なんてさせんなよな」と、思ってよく見ると盲導犬でした。
その方も僕と同じ電車に乗ってやはり同じ高田馬場で降りたのですが、不謹慎とは思いながら盲導犬を野次馬してしまったのです。盲導犬って賢いですね。人と犬のコンタクトはどうやっているのかわかりませんが、電車の入り口まで人を誘導して、少し込んでいる車内でもおとなしくしている。ビジネスマンの持っていたアタッシュケースの角が犬のお尻に当っても怒らず、当らないところまで身体を移動させる。
普通の犬だと、噛みつくことまではしないでしょうが吠えたりするでしょうし、僕なんかすぐに「邪魔だなあ」というような態度をしてしまうのですが、盲導犬は賢く対処しているのです。(僕は犬以下かあ?)
「目が見えない」という障害がどれほどなのか想像もできないし、盲導犬についての知識はまったくないのだけれど、今こうして、なに不自由なくパソコンのモニタを見ていられることに、どうという表現はできないけれど特別な思いを感じています。

 1997年6月13日(金)
うぉ〜っ。今日は13日の金曜日です。
まあ、僕は時には仏様の教えに納得し、時には神社へ参拝に行き、時には大安だ仏滅だと陰陽道で騒いで、時にはクリスマスだバレンタインだと女の子とナニ(何?)する、日本人の典型的な雑宗教(こんな言葉あり?)だからどうでもいいのだろうけど、気になりだすと小魚の小骨が喉に引っかかってるというか、人に話しをしようと思っていたことを話そうと思った時に忘れてしまったような、そんなふうに気になる日です。
久しぶりに句点(。)のない長文を書いてしまった。
久しぶりといえば、この書き込みを3日連続で行うなんて、ホームページを立ち上げて以来のことじゃあないだろうか?

 1997年6月12日(木)
今日、家に帰ったら、僕の所属する一口馬主クラブ『キャロットクラブ』から2歳馬の募集パンフレットが届いていました。
このパンフレットの1ページと2ページの写真に、このOsamu H Studio'sに掲載している馬の写真を使っていただきました。
なんだか、この2歳馬たちには特別な気持ちが出てきそうです。
ちなみに、キャロットクラブへの問い合わせは、住所が東京都中野区中野2-23-1-306、電話番号が03-3229-6711(ファックス03-3229-6710)です。パンフレットを請求して、僕の写真を観てください。
あっ。募集用パンフレットだから冷やかしはやめてください。馬代金や入会金を合わせても初回に10万円くらいですから、僕の写真を観ると同時に、ぜひ一口購入することをお奨めします。(会費とエサ代は毎月かかります)
と、クラブの営業のようなことを言っていますが、このキャロットクラブに限らず、1頭何千万円もする馬の例え500口の中の1口(強いて言えば、尻尾分くらい)だとしても、自分の出資した馬が走るっていうのは、今流行のペーパー・オーナー・ゲームなんかは足元にも及ばないくらいの感激ものです。

 1997年6月11日(水)
相も変わらずのマスコミ批判になってしまいますが、神戸の小学生の事件に、なぜこんな大騒ぎをしているのだろう。年端もいかない小学生の命が失われたこの事件の重大性は僕にも理解できるけれど、こんなにも大騒ぎをすべき事件なのだろうか。
奇しくも『宮崎事件』の判決についての議論がなされ始めた昨今、今回と同じように騒ぐだけ騒いで社会的利益を供給できなかった反省はどうしてしまったのだろう。
先走った報道で大騒ぎをした結果、市民に冤罪を着せてしまった『松本サリン事件』の反省はどうしてしまったのだろう。
今回も、宮崎事件や松本サリン事件同様、訳知り顔の評論家諸氏がしたり顔で推理をしているようだが、同じ過ちを今回は繰り返すことはないのだろうか。もし同じ過ちを繰り返しつつあるのなら、『反省』や『言論の自由』とか、既存のマスコミがよく使う言葉の意味を吟味し直す必要にあると思う。
大騒ぎをして『スクープ』としたいのか、はたまた『スクープ』が成立しない記者クラブ体質を大騒ぎすることでケムに巻こうとしているのか。
そういえば、『警察庁(警視総監だったかなあ?)長官狙撃事件』はますます混迷しているようです。
自分のところ(警察)の親分を撃たれて、今だに犯人の特定もできないような警察ではなにか頼りないです。日本の警察は世界に秀でているっていうのは、幻影だったのでしょうか。
日本特有の『単一民族国家という希有性』と『日本人の善性』によって犯罪が少なかったために、日本の警察は世界に秀でているように錯覚をしていたのでしょうか。

 1997年6月8日(日)
今日は、競馬雑誌『馬劇場』や『クリゲ』の記事のために、取材をさせていただきましたRDAのイベントにボランティアで参加しました。実は、ボランティアを今までしたことはなかったので、「僕にいったい何ができるのだろう」と思っていたのですが、RDAの中心のお一人である太田さんから、「ボランティアって、難しく考えることはないのです。障害者乗馬のボランティアだからといって、馬を扱えなくてもいいのです。自分のできることを空いている時間にするのがボランティアの基本なのです」とお聞きして、僕も参加をさせていただこうとなりました。
では、果たして僕には何ができるのだろう、と考えたら、「写真を撮ろう」と思いつきました。でも、普通の写真を撮るだけでは面白くないので、フジフィルム社のインスタントフィルムで撮れば、その場で見られるし楽しいかなあ、と思いつきました。
天気が危ぶまれましたが、相変わらず天気予報は外れたので良い天気でした。(顔と腕が日焼けして少し痛い)
正直いって、こんなに好評になるとは思いませんでした。普段使っているカメラとフィルムなので、僕にとっては何てことないのですが、他の方から見れば新鮮味があったようです。
「写真を撮って金品による報酬を得る」というのが当然に思えていましたが、今日、トータルで150枚近くの写真を撮って得たものは、金品を得る以上の喜びがありました。
自分が馬に乗っている写真をその場で見ることのできた子どもたちの喜ぶ顔を見ていると、僕も嬉しく喜ばしく思えてきました。
何というのか、嬉しいドキドキ感というのか、嬉しいものを嬉しいと正直に真正面から胸を思いっきり張って言える喜びが、今でも残っています。

 1997年6月6日(金)
今日は、6月6日でした。『平成6年6月6日』って大騒ぎになったのでしょうか?
わずか3年前の出来事ですが、覚えていないということはそれほどでもなかったのかもしれませんね。(ただ、僕は物忘れが多いだけかもしれませんが)
今日は、以前在籍した事務所でお世話になった方が東京にお越しになり、ご相伴にあずかりました。その方は広島にお住まいになり、年に2度、役務で東京にお越しになります。お世話になった僕がご馳走しなければならないのでしょうが、いつもご馳走になってしまいます。
“ご馳走する”というより、僕の様な若造は若造なりに賑やかして場を盛り上げる方が、いいのかなあ、と思っています。(勝手な理屈かもしれませんが)

 1997年6月2日(月)
天気予報がなかなかアテにならなくなりました。
空の上から見ているのに、何故にキチンとした予報が出せないのだろう。
空の上から見るためにいくら投資したのだろう。
いくら無料だからとはいえ、もう少しまともな情報提供をして欲しい。この情報で行動予定を代えなければならないこともあるのですから。
それに、「雨の心配はいらない」と言っておきながら、夕立ちなんて最悪です。晴れ、曇り、雨(または雪)をキチンと当てて欲しいものです。
「何とか評論家」と「天気予報」は、何を言っても許されると思っているのでしょうか?
 競馬予想を生業にしている人は、如何に思っているのでしょうか?

 1997年6月1日(日)
日本ダービーが終わりました。僕の初恋の馬、キタノオゴジョの初仔ビッグサンデーは、残念ながら優勝できませんでしたが、『日本ダービーに出走した』ということは誇れる事だと思います。きっとビッグサンデーは短距離にあっているのでしょうし、秋には短距離戦での活躍を期待したいです。去年のジェニュインのように秋の天皇賞やマイルチャンピオン何かも狙って欲しいです。
5月19日の書き込みが、中途半端になっています。いったい何をこの後に書き込みたかったのか忘れてしまったので、あらためて思うことは、4月27日に書き込んだ内容の「サッカーくじ」の法案が可決されたことです。あらためて問いたいのは、「見込んでいる2000億円の売り上げ」の配分方法。
そして、新たに構築するシステムの業者選定方法。これらの不透明さをなくしていかなければ、声高に叫ばれている「行政改革」や「省庁の再編成」はただのお題目になってしまうと思うのですが。
こんなんで、いいのでしょうか?

 1997年5月19日(月)
う〜ん。どうしてこんなに書き込みをする時間がないのだろう。
お世話になったカメラマンの定年退職を祝う会の世話人の一人になったり、締切ギリギリまでサボっていたこともあり、いつもにも増してバタバタになってしまったせい?

 1997年5月3日(土)
忙しいのか暇なのか解らない日が続いています。
「作品を創らなくちゃ」という思いと、来週までに上げなければならないものが何本かあるけど、まだ日もあるし、天気もいい(今日は天気が悪そうだけど)し、怠惰な時間を過ごしたいし。
そういえば、「モノレールの沿線シリーズ」の作品を追加する時期でもあるけど、何かやる気せんなあ。これに限らず、何か「気乗りがしない」っていうのか、身体も気持ちも「眠りを欲している」というのか。
もしかしたら、「五月病」になのだろうか。まっ、何でもいいけど。(これが「五月病」の症状か?)

 1997年5月1日(木)
天皇賞のビッグシンボルは、うまいこと逃げていたと思っていましたし、ローゼンカバリーもいいところまで追い込んできたのに残念でした。これで、春のG1シリーズは3連敗になってしまいました。(昨秋の勢いはどこへ行ってしまったのだろう)
一昨日、4月29日は、「馬劇場」への掲載分に取材をさせていただいた、『なみあし学園』のある上三川ホースパークで、馬術大会がありました。「バーベキュー大会もあるからおいで」という言葉に甘え出かけて行きました。
馬に乗らない僕は、能天気に写真を撮ったり、ビールや肉や寿司をいただいたりと、楽しい思いをさせていただきました。
今日から5月ですね。今月も良いことがたくさんあればいいなあ。

 1997年4月27日(日)
またまた、新たな書き込みまで、随分と時間が経ってしまいました。
皐月賞のビッグサンデーは、残念ながら良いところもなく終わってしまいました。(そうそう、録画をしたビデオを観たのも実は、一昨日なのです)
先行していてあの着順だと、直線の長くなる日本ダービーではどうなるのでしょうか。でも、僕の初恋の馬、キタノオゴジョが、ダービーに出走できるくらいの初仔を産んだということは、嬉しいことです。
さて、天皇賞。僕は、ローゼンカバリーとビッグシンボル(ビッグサンデーと同じ馬主)の2頭を軸にした「南京玉簾馬券」で行きたい。ローゼンカバリーは、良血であることに加えて、良い形で成長していると思う(ただ、ブリンカーを外してどうか。長距離になって効をそうするかもしれない)し、ビッグシンボルは、ビッグサンデーと同じ馬主というだけではなく、スタミナと前に行けるスピードを兼ね備えた配合が、開花しそうだからです。
相手は、タマモハイウェイ、ロイヤルタッチ、メジロランバダ、マヤノトップガン、サクラローレル、ユウセンショウ、ポレール、マーベラレスサンデーのそれぞれと、ローゼンカバリーとビッグシンボルの組み合わせをドンといこうと思います。
ペルーの事件は、驚きの解決方法でした。それにしても、各マスコミの対応は何なのでしょうか。
日本人がどうなったか、仮に日本で起きた場合はどうだったか、など非国際的かつ空想空論の多かったことか。それに、実弾が飛び交うシーン(映像だけで視聴率が稼げそうな)ばかりを流し続け、まるで制作費のかからない映画でも撮っているつもりなのだろうか。数年前の湾岸戦争や天安門事件の時の、「実弾が飛び交うような映像に頼りすぎ」という反省や批判はどうなったのだろうか。
だいたい、実戦経験のない「軍事評論家」って何者だ? 軍事評論家というのは、50年前の参謀役なのか、はたまた三国志よろしくの軍師なのか。であるなら、有事のときには任せられるのか。平和ぼけの中での戯言ではないのか。
「サッカーくじ」の法案が通りそう。2000億円の売り上げを見込んでいるそうだが、新たな利権が生まれる気がしてならない。販売や払戻計算、管理などのシステム構築に対する利権、収益金の分配をめぐっての利権、それら利権にありつこうとする工作や汚職がおこりそう。
ただ、こういう新しい試みに対して、闇雲に反対ばかりはしてはいけないと思います。僕は、こういう新しい試みに伴う、売り上げ金や収益金の運用には透明性がなくてはいけないし、その利権や工作を透明感を持って行うのであれば良いとは思います。
でも、この辺りの一番肝心なことが、今回の法案にあまり盛り込まれていないことが不安です。

いやあ。今回もまた、長い書き込みになってしまいました。いただくアンケートの指摘の中に、「もっと短い間隔で書き込みをしろ」とありました。
そうは思っているのですが、なかなか書き込みをする時間がなくて・・・。
まあ、大目と長い目で見守ってください。

 1997年4月9日(水)
桜花賞は人気2頭で決まってしまいました。「終わってみれば...」という毎度の言葉、ということでしょうか。
が、しかし!皐月賞は、人気上位馬同士で決まることはないでしょう!
なぜなら、僕の初恋の馬、キタノオゴジョの初仔ビッグサンデーが勝つからです!!
先行して粘り強いこと、素直な気性、皐月賞馬の絶対条件のスピード、ステップレースの快勝、どれをとっても、もっと人気になってもいいと思うのです。なかなか勝ち切れなかったり、道悪巧者というイメージで、前走はフロックだったように言われていますが大丈夫です。
昨日は、久しぶりに快晴でした。朝のうちは「おお。久しぶりの青空だ。日だまりって、こんなに暖かいんだア」と思ったのも束の間、すっ〜っごく暑くなってきた一日でした。
広告代理店の写真部に在籍していたときにお世話になった、師匠の一人である田中良さんが、3月末日付けで定年のご勇退ということで謝恩会でした。人数は多くなかったのですが、世代を超えた集まりで、存じ上げなかった大先輩と親しくしていただけそうだし、これを機会にまた会を催そうということになりそうで、今後が楽しみです。
良さんは、5月と6月に立て続けに写真展を開催されるそうです。今月中旬くらいには、2つの写真展の告知のページを作りますので、ぜひ見てください。
今作ればいいのでしょうが、今週末までバタバタなのです。
したがいまして、皐月賞の予想は、よそう。(ウ〜ン。乞許)
ひとえに、ビッグサンデーの優勝を祈る!ということす。

 1997年4月5日(土)
昨日は、「ドバイでのホクトベガの事故」や「プロ野球の開幕」など話題が多かったですね。
ホクトベガは可愛そうなことでした。でも、「高速化傾向の日本競馬にあって、重い血統、高齢牝馬で深憂するより皆の記憶に残る逝き形の方が幸福なはず。まるで桜花のように」と思います。
それと、思っていた以上に巨人は優勝から遠くなりましたね。子どものころから「長嶋茂雄」は大好きでしたが、今の彼の顔は「ヒーローの長嶋茂雄」ではなく、「バブルまみれ、金まみれ」で人相が悪くなっているように見えませんか。今の彼は応援する気になれません。というより『アンチ』になっています。
それにしても、我らが中日ドラゴンズは何という冷や冷やモノの野球をするのでしょうか。思うに、他所行き野球をしすぎた結果なのではないでしょうか。開幕戦だから、新球場だからと、山本投手を引っぱりすぎたり、昨年の泥臭さがなかったようです。(といっても、ニュースでしか見ていないのですが)
スタイルを頑固に変えない勇気。スタイルを大きく変える勇気。
どちらにしても勇気のいることです。そして、勇気を奮い立たせなければならいない回数は、あと134回もあり、気が遠くなります。毎回勇気を持つこともまた、勇気のいることだと思います。でも、その勇気を持った回数が多いか少ないかが135回目には大差になるのだと思います。
明日は桜花賞です。8枠の2頭は人気を背負いながら大外枠で大丈夫でしょうか。
昨年の桜花賞馬・ファイトガリバーと同じ様なステップを踏んできたフミノパラダイスが気になります。僕のキタノオゴジョの産駒・ビッグサンデーをクラシック路線に乗せてくれた蛯名正騎手の乗るプロモーションも捨て難いですね。
あっ。 日本中央競馬会競走馬総合研究所(旧宇都宮育成場)を取材したときに「レディブライティアは、ここで育成した。期待しているんだ」と聞いていたし、単勝くらいは買おうかなあ。
このボックスでもいい配当になるだろうし、この3頭から上位人気に流すのも面白いかなあ。
この桜花賞をとって、春競馬に勢いをつけたいところです。

 1997年4月2日(水)
う〜ん。「消費税が5%になった」というのはエープリールフールのいたずらではなかったのですね。
いよいよ桜花賞です。(あっ。競馬の話題です、競馬)
メジロドーベル、キョウエイマーチ、シーズプリンセスの三つ巴戦の様相ですが、どうなのでしょうか。今の段階の僕の穴馬は、ダイイチシガーです。
抽選待ちですが、出走できれば限りなく本命に近い穴馬です。(変な日本語!)
前走のレース中は不利ばかりを受けて、競馬にならなかったようです。ましてや、武豊騎手、伊藤雄二調教師、良血の中の良血馬なんかを抜きにはクラシックは始まらないと思うのですが。

 1997年4月1日(火)
今日から4月です。暖かい日が続くようになってきて、“春眠暁を覚えず”状態になっている昨今です。
今日の夜には、ヘール・ボップ彗星が太陽に最接近するということです。
何万年に1度と言われていますが、『昨年やってきた百武彗星が傘を忘れてしまって、恥ずかしいので名前を変えて戻って来た』というのが真実だそうです。来年には、せっかく木星付近まで行ったハレー彗星が、やはり名前を変えて戻ってくるそうです。
ところで、ハレー君の忘れ物は何?
あっ! 今日は“エイプリールフール!?”

 1997年3月30日(日)
もうすぐ消費税が5%になります。消費税が5%に上がるなら、国会議員の定数は5%減らすべきだと思うのですが。
そこで、今日は『国会議員の定数について』と題して、ホームページを公開している国会議員へ質問してみました。どういう答えが返って来るのか、はたまた無回答なのか。
僕のアンケートのページに載せています。興味の有る方はノゾいてみてください。
それと、先頃可決された「国会議員の活動費の“優遇”についての法案」の際に、反対したか賛成したかも質問をしてみたので、これもどういう回答があるのか。

 1997年3月25日(月)
今日、久しぶりに「歯医者さん」へ行って来ました。「歯が痛くてどうしょうもない」というようなことではくて「冷たい水がしみる程度」だったのですが、前回(5年くらい前)に同じ様な症状で行ったら、「これくらいの時に来ると、痛みもなく早く治ります」と褒められたり、わずか4回通院しただけで痛みもなく完治したので、今回も同じように行った次第です
が、しかし! 「歯は何ともないですが、歯茎がボロボロですね。歯槽膿漏の1歩手前です」と診断されてしまったのです。
いやはや、僕は「早め早めに歯医者さんへ来たのだから、また褒められるかなあ」などと柄にもなく優等生気分だったものですから、思っていた以上に症状が重かった事に加えて、余計に憂鬱な気分になってしまいました。
そりゃあ、朝しか歯を磨かないし、チェルシー(飴)とフラボノガムがないと生きて行けない体になってしまったけれど、そんなに悪かったなんて・・・・・・。ショックです。
やはり、寝る前にも歯を磨かないといけないのですね。「ドリフ」も言っていたし・・・。

 1997年3月21日(金)
消費税が3%から5%に上がることで、「駆け込みの購買意欲」をソソルような風潮です。
“5%にアップ”という言葉が強調されているけれど、冷静に考えると“2%アップ”なのですよネ。1000円の物に対する消費税が30円から50円になり、1万円の物に対しては300円が500円になる、というわずかであると思うのですが、『無理してでも今買わないと損!』という風潮が気に入らない。
だいたい、決まってしまった後から「アアでもない。コウでもない」と言い出すことが問題であると思うのですが。前回の衆議院議員選挙も、「支持できる政党がない」「投票したくなるような魅力ある立候補者がいない」と言うことが主な理由で投票率が低かったようですが、“選挙という義務”を果たさなかった者は、選挙によって振るいにかけられて残った議員たちの決めることに従うしかない、と思うのです。
“1票の無力”を感じないわけではないですが、まずは「選挙有りき」だと思います。
もちろん、各マスコミの責任の重さは、言わずもがなです。

 1997年3月20日(木)
今日は『春分の日』です。日向にいるとホワホワになってしまいます。
今日は久しぶりにゆっくりできそうです。
達成感のあとの脱力感の今日この頃ですから、今日はゆっくりします。

 1997年3月17日(月)
またこんなに書き込みの間が空いてしまうなんて...。
この間にいろいろありました。師匠の桜井さんの写真展があったり、ホームページへの作品の追加をしたり、それと、それと...。んっ!!あとは仕事に追いまくられていただけか?
あっ!でも昨日の競馬のスプリングステークスを勝ったビッグサンデーは、僕の初恋の『キタノオゴジョ』から産まれたのです。もう嬉しくて嬉しくて、これが競馬の楽しみ方なのですよ!
キタノオゴジョの写真が見たい方は、写真作品の「馬の写真」で見てください。
「もっと大きな日曜日」に、「もっと大きなおめでとう」と言えることを祈りたい。

 1997年3月5日(水)
ホクホウクンは8着になってしまい、各競馬雑誌の扱いが小さくなったそうで、フリーの出る幕じゃあないようです。まあ、僕のページに「没取材のコーナー」を設けて、取材を快く受けて下さった調教師の庄子先生に報いたいと思います。
今日、赤坂のとある雑誌編集部へお伺いしたのですが、約束の時間に余裕があったので、カナダ大使館へ寄ってみました。ビル・リードの展覧会のポスターが目に止まったからです。ビル・リードって何者? と思われるかもしれませんが、僕もまったく知りません。‘カナダインディアンのハイダ族を引く今世紀最も偉大なアーティスト’というサブタイトルに引かれただけなのです。
正直なところ、凄い作品ばかりでした。作品展のプロフィールをいただいて、作品の写真が載っているので、複写して公開したいくらいに凄いです! ここまで自然を彫刻や彫金で表現してしまう、できてしまうという天才が二人としていないと思っていたのに!!(あっ、ちなみに一人目の天才は僕です。ということにしておいてください)
4月25日間で開催のようです。さあ、皆さんも赤坂のカナダ大使館へ行こう。

 1997年3月1日(土)
もう、3月になりました。作品の追加をしたいところですが、4日くらいまでバタバタなので、5日か6日になります。
昨日、大井競馬で、史上5頭目の‘白毛馬’が、デビューしました。名前は、「ハクホウクン」。漢字をあてはめると「白宝君」だそうです。オーナーは、『ナイター競馬のカクテル照明の中で、輝く白い馬体を見たい』というロマンで、大井競馬へ持ってきたのだそうです。
デビュー戦は、残念ながら8頭だての8着でした。以前、庄子調教師を訪ねたときに、『馬体も勝負根性も水準以上』とのことで、期待と自信を感じたのですが、出遅れが全てでした。まあ、次走に期待ということでしょうか。
腹立たしいことを2つ。
スポーツ選手が、『意図的な脱税をしていた』ようです。テレビ・新聞などのマスコミ各社は、スポーツ(特にプロ野球)は‘メシのタネ’だからといって、追及の手はゆるめないで欲しい。でも、きっと尻切れトンボになるんだろうな。(相も変わらず、‘孤独なマスコミ批判’)
もう一つは、アメリカの『美少女惨殺事件』は、父親の犯行だったことが濃厚になったそうです。殺されてしまった女の子が、「美少女コンテスト」なるもので優勝しているそうですが、こういう手のコンテストを受け入れてしまうアメリカ社会に問題があるのではないでしょうか。
僕は、「ミス・コンテスト」は好きです。きれいな女性を数多くみたいですし、「ミス・コン」は、応募者の意思のもとに行われるのですから、彼女たち自身に何がしかの‘覚悟と野望’があるのでしょうから。
でも、年端もいかない女の子に意思はなく、親のエゴが全面にあるであろう「美少女コンテスト」なるものを野放しにしていた、アメリカ社会が病んでいるのだと思います。自分の子どもは、「コンテスト」をするまでもなく一番であるはずなのに、「品評会」に賭けてしまうことの何と愚かなことか。
最後に、楽しい話題として競馬のことを。
今日、阪神競馬場で「チューリップ賞」が行われ、明日は、中山競馬場で「弥生賞」が行われます。桜花賞、皐月賞といった、牡牝それぞれの第一目標のレースです。桜花賞、皐月賞といった、それぞれと同じ競馬場、同じ距離のレースです。
桜花賞、皐月賞といったレースが近いということは、春がもうすぐということです。
重いコートを脱ぐことのできる、春が近いということです。

 1997年2月27日(木)
今年も、2か月が過ぎようとしています。元日に思った「今年こそは!」に向かって、『自分なりの一生懸命』ですが、なかなかうまくいかないものです。
昨日、念願の“35ミリフィルムスキャナー”を買いました。どれが良いのか迷っていたのですが、ある知人(隠すこともないが、そんなに有名な方ではないので名前を出しても判ってもらえない)が、あるパソコン雑誌(まだ発売前なので、これこそ名前は伏せます)の依頼で、各社各種のテストをしたそうで、データをこっそり教えてもらったのです。
「コストパフォーマンスと使い心地の良さは、ポラロイド社のポラスキャンが良い!」とのことでしたが、どこを探してもなくて、結局、Microtek社の『ScanMaker35plus』にしました。知人いわく『ポラスキャンは、Microtek社で生産してるんだよ』と教えてもらっていたし、『間違っても、カメラメーカーから発売されている物を買っては駄目だよ』と言っていたからです。“価格の差”と“性能の差”は比例していないそうです。
いやあ、こんなに凄いものがあるなんて! というのが第一印象です。なんせ、5年前に購入した‘透過原稿スキャナー’は、もう最悪で最悪で。値段も、『バッキャアロー!金返せ!!』って叫びたくなるくらいの物の10分の1なのですから、この手のスキャナーに対しては、猜疑心を持っていたのです。
だから、知人から聞いたことも、店で試させてもらったときも、モヤモヤは晴れなかったのですが、家で自分のフィルムをスキャニングしたら、    あっ、思わず絶句状態で、スペースキーを押し続けてしまいました。というくらいに凄いのですよ。僕にケンカ売ってる、と思ったスキャナーとは、値段が一桁も違うのにですよ、一桁も!!おい、U田YKを広告に使っているE社。金返せよな。(言葉尻は激しくても、実名を上げられない弱気)
さ、早くこれを起ち上げて、今日一日スキャナー三昧しよう、っと。

 1997年2月17日(月)
おー、すでに2週間もこのページを更新していませんでした。何かと何かで、ここまで手が回らなかった、というのが現実です。(特に忙しいわけではないのに)
明治大学ラグビー部が揺れています。新聞報道では、「寺西氏が全面的に悪い」という論調だったのが、近ごろは、軌道修正の記事が見られます。テレビもこの話題にはあまり触れなくなってきました。どうしたことなのでしょうか。先走らず、確実な報道をしてもらいたいものです。
今現在、2つの論調(寺西氏への追及と擁護と)があるわけで、新聞社の社運を賭けて白黒はっきりとした報道をして、間違いである記事を書いた新聞は、一面トップで詫び状記事にするなどしてもらいたい。そうでもしなければ、不買運動だ!なんせ、大新聞社の看板をカサに着て、「言論の自由」を振りかざしているのだから。

 1997年2月4日(火)
昨日は、将来のキーパーソンになるであろう、ある政党の幹部議員を取材させていただきたく、後援会事務所へ取材主旨の説明と申請をさせていただきに、行ってきました。
その事務所の近くに、アシスタント時の先輩が住んでいるので久しぶりに会いました。
変わりなく色々なことを教えてもらい、また情報交換もできて有意義な一日でした。

 1997年2月3日(月)
三洋電機は残念でした。シーズン中にも再三みられた“つまらない反則”が多く、果てはセミィ選手の退場です。
「ハイタックルは世界のラグビーではみられない」とうことで、厳しい処分になったようですが、シーズンを通してあのようなタックルはセミィ選手に限らず他の選手他のチームにもみられたわけで、突然、一試合に限って「世界は...」と言われても戸惑うばかりなのではないでしょうか。
どうも協会のすることはわからないです。
今取り組んでいる『7年条項撤廃』は、世界の流れと国内の他のスポーツの流れに逆行しているのに、「世界」を持ち出す。しかも、痴呆症老人が思い出したように譫言を言うように、突拍子もないことを突拍子もないときに言い出す。これでは、日本のラグビーは強くならないと思います。
それと、たぶんマスコミには流れないであろう三洋ラグビー部飯島監督の談話として、「前半に力を使いすぎてしまい、それが最後の5分に影響した」と悔やんでいました。また、セミィ選手が退場になったプレイを、たまたまグランドに降りて来られていて(僕もあのときはセンターラインの近くで撮影をしていたのですが)、『そりゃあないだろう』と独り言のように呻かれたことが印象的でした。

 1997年1月31日(金)
1月も晦日になってしまいました。
昼間、都内の電車に乗っていて、フト気付いたのですが、ビジネスマン、ビジネスウーマンを多く見かけるようになりました。僕が今まで気付かなかっただけで変化をしたのではないかもしれませんが、今までタクシーを利用していたのに経費の節減で公共交通機関を利用してきているのかなあ、と思えるのですが。
明日は、社会人ラグビーの決勝戦です。神戸製鋼を破った勢いをそのまま繋いで、ぜひとも三洋電機に優勝して欲しいと思います。
一年間の鍛練の積み重ねが、ぜひとも結実することを祈ります。

 1997年1月30日(木)
参議院議員が逮捕されました。
金まみれ体質が、続々と暴かれていますが、『選挙への立候補』がきっかけだったとのことですが、オウム真理教も同じように選挙をきっかけに凶暴化したということを思い出しました。どちらも政治家もしくは宗教法人を隠蓑にしていたわけで、実体をつかめないということは、如何に恐ろしいか。個々が、見極める力をつけないといけない、ということなのでしょう。
それにしても、この捕まった議員は、鼻高々な“我が世の春”だったのでしょうが、人生の末路にこのような事件を起こしてしまうなんて、哀れです。

 1997年1月26日(日)
やりました!
我らが三洋電機ラグビー部が神戸製鋼を破って決勝進出です。神戸の皆さんは、神戸製鋼の優勝を復興へ弾みにしたかったでしょうが、ここは一つこらえてください。
実は、21日に、他の件で三洋電機ラグビー部を取材させていただいたのですが、その時に充分に練習していた、ハイパントからのラッシュと、モールからの球出しが試合中に随所に見られ、鍛練が実を結んだということでしょうか。2月2日は秩父宮ラグビー場で、東芝府中と『電気屋さん対決』になりました。東日本リーグの最終戦では苦杯を飲まされた相手だけに、屈辱を晴らして、日本一といきたいところです。次の大きなおめでとうのために、健闘を望み、勝利を祈ります。

 1997年1月24日(金)
案の定、『阪神大震災』についての話題は、もう終わりになってしまったようです。如何に、日本のマスコミが薄っぺらなのか、これでよく解りました。
またぞろ、官僚の腐敗を取り上げていますが、何をか況や。どうせ、今回の運輸省疑惑も 、(今は、『魔性の女』にアッと言う間に話題をさらわれた) 松田聖子と同じことでしょう。結局、食えなくなったら『ポイ』です。
だいたい、野茂投手がドジャースへ行ったときに一斉にバッシングをしておきながら、野茂投手が食えると思ったら群がるなんて、ポリーシーがないのでしょうか。ポリシーもないのに『言論の自由』と騒ぎ立てる。今のマスコミは、『言論』というには程遠い行動をしています。
今日の朝刊に、『茨城カントリークラブ事件』の求刑のニュースがほんの数行出ていました。あれだけ騒いだ事件であり、バブルが弾けた象徴的な事件だったのに今は数行です。
ペルーの人質事件のような現在進行形のことも、あまり長引くと『ポイ』かもしれません。

 1997年1月20日(木)
先週末(17日)、『阪神大震災』の2年目ということで、各マスコミ(特にテレビ)はこぞって特集番組を組んでいました。しかし、18日、19日が週末ということもあるのでしょうが、もう特集番組は終わりなのでしょうか。夏にだけしかしない『戦争関連』の特集もそうですが、各々の関連の記念日にしかかこつけないのでしょうか。
例えば、昨年の『阪神大震災』の主な話題は、『復興へ向けて順調』という論調でしたが、今年のそれは全く逆のことを言っている。これでは、こういう話題を食い物(視聴率確保)にしているとしか思えないのです。震災当時から、今年の話題の中心として取り上げている『震災弱者』がでることは、年に数度しか関西へ行かない僕でも解ったことであるのに、問題提起をせずに(できずに?)いたマスコミは、『ウドの大木状態』なのかもしれません。
本来、マスコミ(ジャーナリズム)とは、問題提起をしていきながら解決方法を呈示していくことが使命であると考えます。僕の知人もこの震災で命を落としたり、今だ仮設住宅から出られないでいます。彼等にいわせれば、マスコミも行政も同一視線上にあります。空理詭弁を弄するだけで『役立たず』である、ということです。
そういえば、昨日、秩父宮ラグビー場で『神戸製鋼対リコー』の試合を取材させていただきました。
神戸製鋼の昨季は震災の影響で練習不足だったのか準決勝で負けてしまいましたが、昨日の試合は予想以上の圧勝でした。それにしても、われらが三洋電機ラグビー部は辛いゲームだったようです。目の前のゲームの が決していたこともあるでしょうが、途中経過がアナウンスされる度にスタンドがどよめきました。全く危ないチームです。26日に神戸製鋼との準決勝ですが、大丈夫なのでしょうか。神戸には申し訳ないけれど、ぜひ三洋電機に秩父宮へ帰って来てもらいたいです。(2月2日が決勝戦です)

 1997年1月14日(火)
昨日は、高校の同級生たちと久しぶり(1年ぶり)に会いました。近くに住んでいるのになかなか会えず、いつも1年ぶりの再会になってしまいます。「今年こそは、もっとたくさん会おうネ」と言うものの、毎年言っていることですからどうなることやら。きっとまた来年の今頃も同じようなことを思っているのでしょうが、1年に1回の恒例行事になっているから良いのかもしれないし。

 1997年1月9日(木)
ある雑誌の編集部へ行ったあと、時間があったので写真展巡りをしました。招待券をいただいていた『サハラ』という写真展を見に、久方振りに渋谷へ行ったのですが、渋谷がこんなに“バカ状態”となっていたなんて!
もともと渋谷にはあまりいい印象はないし、品のない街になったということは伝聞していましたが、ここまで空気が違うとは思いませんでした。
まあ、こういう特別なことがなければ行くこともないので、どうでもいいですが。

 1997年1月6日(月)
昨日の宵の口は大雪でしたが、夜半には雨に変わり今(午前6時)はもう晴れています。あのまま降り続いたら、事実上の仕事始めの東京は交通マヒでどうしようもなかったと思うので、積雪にならなかったのは幸運なことだと思います。
正月は1日と3日に親戚への新年の挨拶回りをして、2日が大学ラグビー準決勝(於:国立競技場)の撮影でした。大学ラグビーの決勝は、1月15日に国立競技場で、早稲田大学と明治大学との伝統校同士の対戦です。
4日5日と資料作りに勤しんでいたので、今年の“初ネット”が今日になりました。思いもかけず、多くの方から『電子年賀状』やメールでの年賀状をいただきました。ありがとうございました。
今日は、2日のためにお借りした『超望遠レンズ』を返却したり、現像をお願いしたり、今年一年お世話になる様々な事務所へ年始参りにいく予定です。

 1997年1月1日(水)
新年あけましておめでとうございます。
12月31日から1日過ぎただけなのに、1月1日をこんなに意識してしまうなんて不思議です。
『1年の計は元旦にあり』という諺だか格言だかのせいなのかもしれません。どうせ意識してしまうのなら、思い切り意識して1日を過ごしてしまったほうがかえって楽かもしれません。去年から持ち越しをしてしまった問題や今年新たな問題も発生してしまうでしょうが、人智といいましょうか英知というのでしょうか、必ず解決できる力を備えたいものです。
こういうことを言っていることも、やはり1月1日を意識しているからでしょうし、1月1日だから考えたり言えたりできるのです。


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By;Osamu Hasegawa